保育士が知りたい児童家庭福祉の成り立ち

19世紀のイギリスの児童救済

19世紀のイギリスの児童救済

イギリスでは、1942年、「社会保険及び関連サービス(ベヴァリッジ委員会の報告書)」が提出され、
1944年の国民保険省法、1945年の家族手当法、1946年の国民保健サービス法など
社会サービスの立法を形成しました。

 

この社会サービス立法は、ウィリアム・ベヴァリッジの
「ゆりかごから墓場まで」という包括的な社会サービスの構想によるものでしたが、
19世紀のイギリスは出生率が低下し、
イギリス民族存続の危険意識が高まり、児童保護が至上命令でした。

 

このベヴァリッジ報告による制度は1961年まで続き、
世界的にも「福祉国家の名」をとどろかせましたが、
徐々に国の財政は破綻をきたしました。

 

1980年代には、「子どもからミルクを奪った女」という異名を与えられるほど
保健福祉サービス分野を縮小し、イギリス経済の立て直しを図り、
いわゆる「サッチャリズム」と呼ばれる独自の社会政策を打ち出し、
民営化を進めました。


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