保育士が知りたい児童家庭福祉の成り立ち

工場法

工場法

オーエンの児童保護運動の影響もあり、
1833年「工場法」では、最低雇用年齢が9歳になり、
13歳児未満の児童の最長労働時間は9時間になり、
児童の夜間労働が禁止されました。

 

また、工場で働くすべての児童に対して、1日2時間の通学が義務付けられました。

 

この工場法は、児童を「大人のミニチュア」ではなく、
発達途上にある未熟な者というように捉え、
新しい児童観を培うものとなっていきました。

 

1833年の工場法の翌年、1834年の「新救貧法」では、
全国統一的な救貧行政として院外救済が廃止され、
労役場制度が採用されました。

 

ですが、新しい救貧法は「劣等処理の原則(レス・エリジビリティの原則)」
に基づいているため、労役場は混合労役場であって、
従来の惰眠観が残る非人間的な処遇のままでした。

 

さて、この時期と同じくして、
新救貧法の影響を受け、救貧法学園が設立されています。

 

特に、1870年のトマス・バーナードの救貧児童を収容する
小舎制の児童ホーム「バーナード・ホーム」が有名です。


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